料理ネタ


2007年2月

2月1日(木)
・ごはん
・なめこと豆腐の味噌汁
・ぶり大根
・ほうれん草の白和え

同志社大学の阪田真己子さんの紹介で、最近ひろ〜い動作解析室が新設された同大学の快風館という建物を見学させてもらった。阪田さんは吉本の身体ギャグからお能まで柔軟な姿勢で幅広く運動解析をしていらっしゃる方なのだ。何か共同研究のきっかけになればいいなあと思っている。

驚いたのは、快風館の名前の由来は、新島襄が21歳で初めてアメリカに渡ったときに乗った船・快風丸からつけられているそうで、その快風丸は備中松山藩(現・岡山県高梁市、私の出身地)のお抱え船だったそうだ。知らなかった。鎖国時代にこっそりそんなことをしてたんだ。。。

高梁には古い教会がある。かつて新島襄がやってきて、神の前での人間の平等を説教したそうだ。松山藩からはいわゆる社会改良運動に身を投じた人々がたくさん出ているけど(日本で最初に孤児院を作ったり)、そういう背景もあったんだなあ。。

前にも書いたことがあると思うが、その教会で結婚式を挙げた高校時代の友人は、幼児洗礼を受けていて、ちっちゃい子どものころは、「いい子にしていますから、お願いですから私の前に現れないでください」と熱心に神様に祈っていたそう。磔にされたキリストの像がむちゃくちゃ怖かったとのこと。

私はといえば、そういう町中ではなく、一駅となりの備中木野山駅の木野山神社のふもとで育った。岩井志摩子のホラー小説『ぼっけえきょうてえ』のなかに出てくる神社である。八幡様のある木野山神社は私の一人遊びの場で、ご神木と思しき切り株(しめ縄付き)の上から、ひとりウルトラの母に成りきり、トォっとジャンプして飛び降りて遊んだり、戦没慰霊碑のある木立のなかで蝉取りに夢中になっていたのだ。ぼっけえきょうてえことをしていたものだよ。今の私はずいぶんと小心者となってしまった。


2月2日(金)
・ごはん
・おでん

夫が大量に作ってくれた。翌日、早起きして、岡山県立大学主催の平田オリザさんの講演会&ワークショップに参加するため、早寝した。健康ってありがたい。先週は風邪でイベントをあきめたからな。


2月3日(土)
・ごはん
・前日残りのおでん

高梁から実家の父母に岡山駅まで来てもらい、ゆういちろうをあずけ、私たち夫婦は平田さんの講演会に参加。幼馴染のKちゃんや従妹のRちゃん夫婦にも声をかけたところ、来てくれとってもうれしかった。懐かしかった。ありがとう。それにリップサービスではなく、とても興味深かったそうだ。よかった。

私の感想はたくさんあるので、明日にまわそう。1日(木)のを書いているうちに時間がたち、すっかり睡魔に襲われている。おやすみなさい。今、外は嵐のように風が吹きすさんでいる。
2月4日(日)

・赤ワイン
・青梗菜とアンチョビのスパゲティ
・ロールキャベツ入りミネストローネ

最近のゆういちろうのお気に入りDVDはカチャーノフの『ミトン』。それを見た後、真っ赤な網ぐるみの犬を持って、実際に公園で遊んだ。贔屓目を差っぴいても、それはそれはかわいらしい光景だった。なんだかほんとに犬を飼ってあげたくなった。私は柴犬っぽい雑種が好みで、女の子だったら「ポチ子」、黒っぽかったら「黒龍」という名前をつけたいなあということろまで妄想が広がっている。ただ友人の話によると、雑種ですらビジネスの対象になっているらしい。昔のようにもらい子犬の習慣はなくなったのかな。

なんやかんやと家事をやっていたら、結局、深夜に。眠い。頭がクリアなときに、前日のワークショップのまとめをやろっと。
2月5日(月)
・ごはん
・ロールキャベツ入りミネストローネ(前日の続き)
・チーズとキムチ入りスクランブルエッグ

平田さんのコミュニケーションスキルに関するワークショップに出てほんとによかったと思う。(決して、自己啓発セミナー系ではないよ。念のため)。「演技」はぜんぜんうまくならないと思うけど、いろいろな事態に遭遇しても、はっと冷静に戻って対処できるから。こころのビタミン剤だ。お昼は山に行って、ヤッホーっと声を出した。田舎に住んでる利点。

2月6日(火)
・中華で外ごはん

外ごはんの帰り道、気持ちのいい家を建てたいね、誰か5000万円ぽんとくれないかなと夫が言う。でも、ある朝起きてみたら、ポストに5000万円分の札束が入っている事態をシミュレーションしてみよう。やっぱり、怖くて警察に届けるよ。で、持ち主が見つからなかった場合でも、1割分の500万円は絶対受け取れないよな。いらんわな。自分たちで働いて得たお金で建てないと意味がないよな。

結論。働きましょう。
2月7日(水)

・ごはん
・じゃがいも入りコーンクリームスープ
・プチステーキ、トマトソース
・チーズとキムチ入りスクランブルエッグ
・クレソンとマッシュルームのサラダ

書き出してみると、なんとカタカナ名の多い献立だこと。粗食のすすめの著者からは怒られてしまう内容だな。

植物日記を更新。最近、いろいろな人にちゃんとお礼を言っておきたい気分にかられている。別に生き急いでいるわけではないと思うのだけど、手遅れにならないうちにと、あのときちゃんとコンタクトをとればよかったのにと後悔しないようにと、思いながら生活している。
2日分まとめて更新

2月8日(木)
・まぐろの漬け丼
・豆腐となめこの味噌汁
・納豆
・白菜の漬け物

前日とはうって変わってさっぱり和食にした。ほっとする味になった。

仕事の帰り際、おっといけない事務仕事忘れてたと、今度の15,16日の東京出張の宿を予約した。ところが、びっくり、たいていのエリアが、3千円のカプセルホテルか3万円以上の高級ホテルか、究極の選択を迫られる事態になっていた。カプセルホテルはちょっと怖いし、かといって出張で3万円台のホテルに泊まるのは嫌なので(どうせ懇親会で遅くなる)、一生懸命さがして、ようやく某ホテルの2万円のレディースプランで手をうった。その名も、One day Princess ガーデンビューダブル!! こうなったらアーバンでラグジュアリーなホテルライフをひとりで謳歌してやるのだ。なんてったって、プリンセスだからな。

で、なんでこんなことになっているのか後で気づいたのだが、来週のその時期は受験シーズン真っ最中で、旅行会社が手ごろなところを全部押さえてしまってるからですね。かつては自分も地方から出てきた受験生のひとりであったことをすっかり忘れてたよ。


2月9日(金)
・ちゃんこ鍋のち卵雑炊
・みかん

夕食の準備も終わり、さあみんなでおいしく鍋を囲みましょうというフェーズに入ったとき、大学帰りの夫がいきなり、今日は中島みゆきがどうしても聴きたい気分なんだとCDをかけた。「どうした、何があったんだ、詳しいことは言わなくていい、その悪人の名前だけを言え」といきりたちそうになるのを抑え、哀しみをたたえる彼の背中をだまって見た。

普段だったら、なんというか、ある種のタイプの人々に対する愚痴モード、つまり、根本的にはノンポリで人のことなんか全然考えていないくせに、たまたま時代的背景に影響され、やたら難しいことばを使うだれそれ先輩の言うことを真に受けて自分もすっかりその気になり、けれどもやることといえば自分の気に入らないことがあったら暴れるという幼稚園児並みの行動、、大学の知のリソースに泥を塗りまくったあげく、最終的には大学に居残り、人の業績を頭から否定することで自分の優位性を保つ、いまどきのまともな院生ですらやらない幼稚さで一世代下の人間の足を引っ張る行為しかやらない、最もたちの悪い権力を持った人々に対する愚痴モードに二人して入ってしまうところだったが、今日は少し違った。

自分のことを棚にあげて、他人を批判してばかりじゃ何も生み出さないよな、自分たちでなにか生産的なことをしようというモードに入ることができた。

ときどき私は、世間知らずであるがゆえに、かえって、自分だけが世の中のことをよく知っていて他の人々は無知蒙昧だという妄想に取り付かれやすい。典型的な話しぶりとしては、おととしの9月の夕食日記のなかの9月13日付け(日本心理学会があったり、郵政改革問題で自民党が圧勝した頃)の文章のような話しぶりになってしまうのだ。かっこわるいよ。そういう、自分は安全な位置にいて自分は分かってますよ的ポーズをとっていてはだめなのだ。

と思うようになったきっかけのひとつが、認知科学の分野で活躍されている鈴木宏昭先生のブログを知ったことにある。ポーズとってる暇もなく(ダイエット用のポーズはとっているらしいですが)、とにかくものを考えようとしている、どうしていいか分からないからこそとにかく何ができるか考えている姿勢が、先生(自称オレ)のブログから伝わってくる。本日事務処理に忙殺された一日のなかで、先生からメールのお返事をいただけたことは私にとって一服の清涼剤であった。善良な40〜50代の学者がいると信じられることで、原理的なオヤジ嫌いにならずに済んでいる。ありがとうございます。

話は微妙に変わるが、今日夕食時に聴くはめになった中島みゆきの曲のなかで特に好きなのは、『あした天気になれ』と『世情』。


 『あした天気になれ』

 何ンにつけ 一応は
 絶望的観測をするのが癖です
 わかりもしない望みで
 明日をのぞいてみたりしないのが癖です
 
 夢もあります 欲もあります
 かなうはずなんてないと思います
 夢に破れて あてにはずれて
 泣いてばかりじゃ いやになります
 雨が好きです 雨が好きです
 あした天気になれ

 宝くじを買うときは
 当たるはずなどないと言いながら買います
 そのくせ誰かがかつて
 一等賞をもらった店で 買うんです
 
 はずれたときは 当たり前だと
 きかれる前から 笑ってみせます
 当たり前だと こんなものさと
 思っていなけりゃ 泣けてきます
 愛が好きです 愛が好きです
 あした孤独になれ

 (略)


 『世情』

 世の中はいつも 変わっているから
 頑固者だけが 悲しい思いをする

 変わらないものを 何かにたとえて
 その度崩れちゃ そいつのせいにする

  シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
  変わらない夢を 流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を
  見たがる者たちと 戦うため

 世の中は とても 臆病な猫だから
 他愛のない嘘を いつもついている

 包帯のような嘘を 見破ることで
 学者は世間を 見たような気になる
 
  シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
  変わらない夢を 流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を
  見たがる者たちと 戦うため

 (略)

自分でも自分がめんどくさい人間だと思うよ。(何が不満なのよ。いっぱいいろんなもの持ってるじゃない。)この欠乏感を埋めてくれるのが詩をはじめとする芸術だ。芸術家たちは私の代わりに泣いてくれる。

「ただ赤ちゃんが泣くように、芸術家たちは語らなければいけない」

私はロシアのアニメーション作家ノルシュテインのこの言葉が大好きだ。ここにその全文が載っている。周りをみてみて。泣いている赤ん坊はたくさんいるじゃない。そりゃあ、丸々と健康そうに太った赤ん坊ばかりじゃないよ。奇怪でかわいげがなかったりするのが多いよ。でも平気で赤ん坊を無視できる神経が私には分からないのだ。見殺しするな。
2月10日(土)

・スキヤキ

実家から送られてきたすき焼き用の肉で鉄鍋を使って関西風スキヤキにした。砂糖としょうゆだけのシンプルな味付けがたまらなく好きなんだなあ。鍋だけでお腹がいっぱいになりすぎて、〆のごはんと赤だしまでいきつかなかった。

昼間は、宇治市にある花の山寺・三室戸寺に行って、春の修羅場直前の息吹(まさに息吹)を感じてきた。もうすぐつぼみが噴出すぞといわんばかりの斜面一面に植わった2万本のツツジ群の迫力といったら。山の空気は気持ちいい。

普段は不信心者のくせして、ご本尊である千手観音像の前で、家内安全と祖母の平癒を願った。おみくじはひかなかった。以前金沢に旅行したとき、ともだちが戯れに引いた神社のおみくじに「難儀苦労のあるときばかり、神の御袖にすがる気か」と書かれてあって、その日の夜からその友達が熱を出してしまったという経験があるので、それ以来、神様仏様に直に怒られるのが怖いので、むやみにおみくじには手を出さないようにしている。科学的判断とは到底思えないが、なんとなく。

うれしいメールや手紙がいくつも届いていた。重なると相乗効果でますますうれしくなる。そのなかの一通は、幼馴染のKちゃんから。ゆっくり丁寧に返事を出したい。また他にも、叔母からのいい意味でとほほ系の手紙や私のせま〜いミクシィのお友達の輪が広がりそうな予感のあるもの。

いずれも優しい女の人たちからの文面。完全に自分のないものねだりだと思うが、私は香水をつけているつけていないに関わらず、いい匂いのする感じのやわらかい女の人が好き。無意識的にすりすり寄っていきたくなる。それに比べ私はなんと好戦的で喧嘩っ早いんだろう(犬もくわないことをやっちまったです。反省)。
2日分まとめて更新!

2月11日(日)
・赤ワイン
・かぼちゃのポタージュスープ
・ペンネ・アラビアータ
・鶏肉のグリル(塩焼き)、たっぷりサラダ添え

大岡昇平の『野火』を3ページほど(一 出発)を読んだ瞬間、文庫本を閉じ、「日曜にこんなものを読んでいてはいけない、さあ、お料理しましょう。お料理って楽しい、うんうん。」と鼻唄を歌いながら上の献立を慈しみ楽しみながら作った。

なんで今まで避けて通っていた『野火』を読もうかと思ったかといえば、今度の24日に下北沢で開かれる文芸漫談の題材であり、私はそれを聞きに行くからである。『野火』をどんなふうに笑いにするのか興味津々なのだ。平田オリザさんは『俘虜記』を題材にした喜劇を描いている。つまり、いとうせいこう・奥泉光コンビと平田オリザの笑いの質の違いを知りたいと思っているのだ。やはりここは、セイゴオ先生の助けも借りながら、自分でも少しは考えてみないとな。

さて、私は『野火』を今までずっと「のび」を読んできたわけだが、夫からそれは「やび」と読むんだよと思い切り馬鹿にされた。「『野火』を「のび」と読むなんて、『団塊の世代』を「だんこんのせだい」と呼ぶのと同じくらい恥ずかしいよ」と。私は恥じ入ってしゅんとなってしまった。ところが、である。調べてみると正しくは「のび」というではないか!! なんだよって感じだ。

その件で暴れたわけではないが、前日の夫婦喧嘩をきっかけに壊してしまったシャワーの蛇口部分の換えを探しにホームセンターに行った。「自分が暴れてどうする」とひとりつっこみを入れながら。反省している。無駄な出費。


2月12日(月)
・日本酒
・ごはん
・ねぎとしいたけの中華スープ
・回鍋肉
・青梗菜の塩炒め

夫が作ってくれた。いつもながらおいしい。ありがとう。植物日記を軽めに更新。
2月13日(火)

・湯豆腐、もしくは豆腐入り野菜たっぷり鍋
・かつおのたたき
・〆:うどん、卵醤油

あっさりさっぱりしたものが食べたくなった今日この頃。

今だからいうが、先週の日曜日(4日)に、実は、大慌てとなる出来事が起こったのだった。一番大変だったのは本人とそのご家族のはずだ。それなのに「おまえが慌てふためいてどうするよ」というくらい、私は狼狽してしまった。この日記は私にとってほとんど自己治癒的機能を果たしている。そして、なんというか、どしっと構えて、私を安心させてくださった方々にはこの場をお借りしてお礼を言わせていただきたい。頭が下がる思いだ。ありがとうございます。

さてようやく落ち着きを取り戻したところで、延び延びになっていた、岡山県立大主催の平田オリザさんのワークショップ(企画の詳細はここ)のまとめをしたい。

今回ワークショップに参加した個人的な目的は大きく分けて2つあって、ひとつは、これまで私はさまざまな人たちを対象におこなってきたワークショップの見学経験はたくさんあっても、自分が体験者になることはなかったので、それを是正したいと思ったこと。さきがけ研究領域の重要な会議で、以前そのことが少し問題になったのだ。少しは俳優の立場を分かろうとしてみたら、そうすれば分析の際にも何かのヒントになるかもしれないよ、と。もちろんワークショップに1回参加しただけで俳優の気持ちは分かるわけないと思うが、でも、参加経験ゼロより、1回でも経験があったほうがいいに決まっている。0と1では全然違う。

その目的(=とにかく参加体験する)は、第1段階としては十分はたせた。たとえば目隠しをして全速力で相手のもとに走るプログラム(相手を信頼して勇気を持って最後まで走りきることが試される)では、頭では何が起こるかよく分かっていても、実際のからだがついていかなかった。つまり、目標となる人と自分とのあいだの70〜80%あたりで、強い恐怖が来て、みんなそこで立ち止まってしまうことを示すためのプログラムなのだ。いやしくもアフォーダンスの研究者だもの、それは初めから「知って」いたのだ。それなのに、それなのに、私の成績が一番悪かった。3,4歩進んだあたりで恐怖のあまり立ち止まってしまった。いかに私が怖がりで初対面の人を全く信頼していないかよく分かったよ。

(ちなみに、従姉妹夫婦はフロアから見ていて、絶対おねえちゃんは全速力でつっきるに違いないと噂していたそうだが、私はそんなに単純ではないのだ! 負け惜しみを言うようだが、あんな壇上で目隠しをするということは、平均台の上を歩くのと質の同じ恐怖であり、他の参加者がどうかしているのだ!! 図らずも聴衆の笑いをゲットできたので、実は満足しているのだ!!!)

300人相手の2時間弱のワークショップで、代表者20名の様子を多くの聴衆が見ているというものだったので、残念ながらセリフを言うプログラムまではたどりつかなかった。またの機会にぜひ参加してみたい。

もうひとつの目的は、講演のテーマに直に関わることでもあるのだが、次のような質問をすることにあった(発起人は夫)。平田さんの提唱する双方向からの「コンテクストのすり合わせ」の概念は、重篤な病気にならないための予防医学的観点に立っているうちは本当によく分かる。しかし医療、介護の現場でもっとも深刻な問題となっているのは、実際に病気と診断された人々(とりわけコミュニケーション障害と呼ばれるような、認知症や自閉症の患者)、つまり自分から積極的にコンテクストのすり合わせをしようとする意思を持っていないように傍目には映ってしまう人々とどう接していいのか分からないところにあると思うのだが、平田さんは、そういう人たちとのコミュニケーションを図る際にも演劇は何かの「役に立つ」と思っているのかどうかを確かめたかった。

この質問へはとても誠実な回答をいただけた。「現段階においてはこういう言い方をする他はないでしょう」と納得できる、説得力のあるものだった。回答内容を私なりにまとめると、次のようになる。

「まず、『病気』の方を対象としたワークショップの経験は少ないので、演劇がほんとうに役立つのかどうか、まだ何も確かなことは言えない。しかし、重要なことは、耳の不自由な人向けのコミュニケーションスキルを開発しましょうとか、これが認知症向けのコミュニケーションスキル獲得プログラムです、とかいって一方的に学ばせる流れにもっていくのではなく、今やったような他愛もないプログラムに最初は訳もわからずきゃあきゃあ言って取り組みながら、実はこれはこういうことに役に立つんだと後になって自分で気付くような、そういうコミュニケーション能力を持った人こそが、人と関わる仕事に就くべきだと自分は考えている。コミュニケーション能力は、なんら、特殊な魔法のような能力ではない。もともとは、一般的にみんなが普通にやっていることだ。そのなかから、相対的にコミュニケーション能力の高い人が医療や看護の仕事に就くような流れになればいいと思う。」

急がば回れ。時間はかかるが、それが結局は真っ当で早道なのだろう。未来へ希望をつなぐしかない。私、個人的には、以上2つの参加目的は果たせて、大変満足のいくワークショップとなった。

ただいくつか疑問があった。岡山県立大が採ったGPの内容がどういうものか、なぜ平田さんを講演者に選んだのか、よく分からなかった。もう少し丁寧に大学側が説明してくれればよいのにと思った。ポスターを貼っているだけ、お昼休みにビデオを流すだけでは、聴衆にはうまく伝わらないと思う。あと、平田さんの入退場のやり方として、拍手で平田さんを迎え、拍手で送り出すやり方は、あまりにオーソドックスすぎて、いかがなものかと思う。「市民との対話」を表看板に掲げる以上は、市民が平田さんとコンタクトを取りやすい環境を整える責任はあると思うのだが、お世辞にもうまくいったとは言えない。これは、意地悪な気持ちで言っているのではない。岡山県立大のGPや大阪大学のコミュニケーションセンターの取り組みが成功するよう、陰ながら本気で応援しているから、そう思ってしまうのだ。

文句だけ言って対案を出さないのもあれなので、非常に僭越だと思うが、帰りの新幹線で前の席の人からうるさいと睨まれたくらい夫婦でぎゃおぎゃお話し合ったことを書いておく。司会者に、タイムキーパー的機能だけでなく、もっと多機能な機能を持たせればよいと思ったのだ。とくに、ワークショップの際、司会進行が一手に平田さんに任せられていたが、300人相手に、一人で何役もこなすのは重荷すぎると思った。つまり、「これって唯縄跳びで遊んでるだけじゃないですか!なんか医療看護に意味あるんですか?」とかもうひとりツッコミ役の人間がいれば、もっともっと盛り上がって、もっともっと効果的に言いたいことが伝わったのになあと思うのだ。

お手本は、このなかにある、宮沢章夫さんの1月29日付けの日記「帰ってきた」に出てくるモリシタ君という方だ。(←実は、先月風邪のため泣く泣くあきらめたイベントで、この文章を読むたびに、モリシタさんの司会ぶりをこの目で目撃できなかったのが本当に悔しい)

岡山県立大のGP立ち上げに、もっとも情熱をもって関わった方がいるはずで、経験上、たいていそういう人は立ち上げの段階で疲れてしまっており晴れがましい席で表に出たがらないと思うが、ここはぐっと踏ん張りを見せて、そういう人にこそ、「モリシタ君」のように、披露宴で感極まって花嫁よりも悪目立ちしたアガリ症の花嫁の父のように、司会者として大暴れしていただきたかったなあ。

口下手でも、お酒が入っても構わない。いや、むしろそっちのほうがいいくらいだ。そうすると、聴講した市民も、たとえ最初は「平田オリザ」の名に惹かれてやってきただけの人であっても気圧されて、自然とそのプロジェクトのその後も応援したくなるに違いない。だって自分たちでせっかく勝ち取ったGPだよ。ゲストとがっつりよつに組んでコミュニケーションしてほしかったなあ。

また妄想癖が出てしまった。考えが甘い?うるさい?余計なお世話? やっぱり私は甘いのでしょうか?うるさい世話焼きなのでしょうか?
2月14日(水)

・ごはん
・あさりの味噌汁
・豚しゃぶ冷ややっこ(実際は常温)
・納豆
・きゅうりの漬け物

春一番だったのか? 午後ものすごい突風が吹き荒れてた。

豚しゃぶ冷ややっこは、料理研究家の井上絵美さんのレシピ。詳しくは、講談社のお料理BOOK『いい女がつくるパパッとかっこいい料理』に載っている。本屋で買うのは勇気がいる題名だが(「あの人、自分のこときっといい女って思ってるに違いないわ。クスっ」と思われたらどうじよう)、今日の豚しゃぶに使った和風たまねぎドレッシングは応用範囲が広いなど、役立つアイデア満載の本だ。井上絵美さんは、私にとって、いい匂いのする女の代表的存在で、「憧れのお姉さま」のひとりだ。

ちなみに他の女の料理研究家のなかでは、山本麗子さんは「気取らない叔母さん」、長尾智子さんは「変人のともだち」、辰巳芳子さんは「非の打ちどころない姑」として時々お世話になっている。いわゆる現代版「母の味」を売りにした人たちの料理本は、うちの母のが一番おいしいと思いたいので食指がわかず、持っていない。しかし最近では、栗原はるみさんの英語関連の取り組みに異常な親近感を覚え、急激に好感度アップしている。

明日から一泊出張。要領が悪く仕事を持ち帰ってしまったので、ほんとは日記を書いている場合ではないのだ。でも、書いてしまった。指が勝手に動いた。しかしすでに眠い。もういいや、明日の新幹線でしこしこやろう。。
2月15日(木)

・懇親会メニュー

電通大でのさきがけ研究会に参加。我が家で話題にのぼっていたクレイジーな研究(もちろんいい意味でね)をやっていた人が実はさきがけメンバーにいたことを知り、驚いた。すごいご縁だ。懇親会では、別の領域でさきがけ研究をやっていた先生や、個人的に知り合いの電通大の先生がたとたまたま同じ学科にいらっしゃる先生とも新たにお話することができた。カルチャーショックを受ける。みんな強いなあ。私は自分だけが大変なんだモードにすぐ入りやすいのだけど、そういうのも含めてやっぱり甘ちゃんなのかなあと思った。

あるメンバーの話では、はじめA誌に投稿した論文がけんもほろろにリジェクトされたとき、試しにそっくりそのままA誌よりも権威のあるB誌に投稿してみたところ、受理されただけでなくベストペーパー賞を受賞したことがあるそう。タフでないとだめなのね。いい意味で執念深く。私はリジェクトくらった直後はしゅんと落ち込むが、「あらだめだったのか」とすぐあきらめちゃうからな。

先日盲腸で緊急入院した同僚から無事退院したとの連絡が入った。お腹が痛いと訴えてたけど、そんなに深刻だとは思っていなかった。「やっぱり盲腸だったんだって」と別の同僚がおしえてくれたとき、「ほんとに〜!」と思わず笑ってしまったのだが、考えてみれば盲腸になってまで人から笑いをとってしまう人って。。。素晴らしくしょうもないバレンタインギャグを思いつき、それを試せるのは彼しかいないと思っていたのだが、入院先の病院まで押しかけてそれを言うのはさすがに顰蹙ものだからやらなかった。一年後にお楽しみはとっておこう(なぜかこういうときは執念深い)。とにかく、退院おめでとうございます。
2月16日(金)

・近所でフレンチディナー

今日は、さきがけメンバーの人たちの基調講演や展示を見に行ってからのんびり帰還する予定だったが、研究所に即行直帰すべき内容のメールが届き、断念した。事務処理に忙殺。この時期は仕方ないとはいえ、いつまでたっても慣れないなあ。。。

あと、なんというか、来年度出産予定の知り合いの研究者(有期雇用職員)に対して、30日以上休むことになるので来年度の雇用契約更新はしない通達が今頃あったという、聞いただけで瞬間湯沸かし器状態になってしまう話が偶然こちらにも舞い込み、心がささくれだってしまった。直接交渉権は持っていない。怒りの矛先をどこに向けたらいいのか分からない難問だ。

ただ、彼女の場合、今いる職場で休暇明けに再度新たに契約を結び雇用される可能性は残されているそうで、万が一そこがだめでも能力がある分どこかから必ず声がかかる人だから、大丈夫っちゃ大丈夫なのだ。大変な状態にあることには変わりないし、かげながら応援したいと思っているが、決して「かわいそうな人」ではない。だから私は今何か別のものに怒っているのだ。それをまだちゃんと整理できていない。

そういうときは優しく丁寧にサーブしてくれるフレンチレストランで食事をすべし。おかげでささくれだった心はひとまず落ち着いた。怒りに身を任せるだけではだめで、ちゃんと考えないと。

仕事を持ち帰っているので、頭の中身も切り替えないと。
2日分まとめて更新!

2月17日(土)
・ごはん
・たまねぎとわかめの味噌汁(ごく薄味)
・さばの味噌煮
・セロリとしいたけともやし炒め

息子の保育園参観日だった。椅子取りゲーム(フルーツバスケットゲーム?)やお店屋さんごっこをして遊んでいる様子をみた。椅子取りゲームでは、息子はゲームのルールをよくわかっていないようだった。どうやら自分が真ん中に立って物を言いたいらしく、自分で「くま!」とか発言しては、周りのともだちに席をゆずり、また自分が真ん中に立つという目立ちぶりだった。ところが、急にゲームにも飽きてしまい、寝そべってしまう。自分の興味があることにはマイペースに集中するのだけど、協調性に欠けるやつだ。いったい誰に似たのか。

前日、朝の5時まで寝れなかったので、代わりにたっぷり昼寝をした。夕飯はちゃちゃっと作って食べた感じだ。この力の抜けぶりは、好もしいぞ。そういうときは意外とおいしくできるのだ。


2月18日(日)
・懇親会メニュー(四川料理)

龍谷大学で開かれた法と心理の研究会に参加。懇親会は、中華。おいしゅうございました。おもしろい話もたくさん聞けた。この前の木曜のさきがけ研究会でも感じたが、研究環境などコミュニティは違っても、善良な人々がいるということを信じられるのとそうでないのとでは、精神衛生上に大きな違いが出てくると思う。外部にも善良な知り合いを持つのはとても大事なことだ。

科研費申請等の議題もあり、ここに話し合いの中身を詳しく書くわけにはいかないが、公知の事実で、私が社会勉強不足のため今まで知らなかった事柄を備忘録のため書いておく。実をいうと、より正確には、1年以上前の研究会でも聞いたはずの話なのに、すっかり内容を忘れてしまっていた事柄だ。だめじゃん! 頭に入るまでは、何度でも書いておかねば。

それは、矯正施設における教誨師の存在について。

教誨師とは、罪を犯して矯正施設に入っている人間に対して、宗教的な説法をおこない、精神の安寧をもたらそうとする宗教人のことを指す。監獄法で、矯正施設の教誨師の役割は決められているが、現行の制度では、施設に勤めている人以外で、唯一矯正施設内部に立ち入ることのできる「社会人」だ。

教誨師は死刑執行の際にも立ち会う。裁判官も立ち会うべきだという意見をお持ちの先生もいたが、私も全く同感だ。

監獄法は、戦後大きく変わった。戦前は天皇制国家の理念のもと、特定の宗派の宗教しか教誨師になれない代わりに、教誨師は公務員というれっきとした身分を与えられていた。戦後、宗教の自由の名をもとに公務員の地位は剥奪され、純粋に善意のボランティアとなったが、教誨師連盟に加入したさまざまな宗教、宗派の人々が教誨師となれることになった。

犯罪が国際化するにあたって、どの宗教団体まで連盟に入れるかどうかが問われているらしい。また、善意のボランティアであるがゆえに、交通費など最低限の支給すら受け取らない人もいて、かえって施設で裏金化してしまう事態も起こっているそうだ。あと、「宗教の自由」の概念の抱える根本的な矛盾として、宗教者を呼び入れているくせに、その人の属する特定の宗派の神仏の話はしてはならないという規制。

受刑者ひとりでその受刑者の希望する宗教者と会う「個人教誨」と、多くの受刑者を前にして説法が開かれる「グループ教誨」というのがあって、そのグループ教誨というのが、暴力団関係者のインフォーマルな意見交換の場となるなど、別の目的で使われる可能性が出てくる問題もあるという。

さて、研究会の懇親会に参加したもうひとつの理由として、金曜16日に浮上した友人研究者の雇用問題について法解釈を伺うことがあった。とてもありがたいことに、単なる酒飲み話に終わらず、より詳しい雇用問題専門の先生を紹介していただけることになった。

私たちは、おそらく女のなかでも、確実に有利な場所にいる。だから、それをこっそりと自分たちの利益だけに使うのではなく、還元できる仕組みを考えたい。それがせめてもの、何かに対する恩返しだ。

現段階で考えている素人としての私見を忘れないために書いておく。まず少子高齢化は克服すべき絶対的な社会悪であると仮定し、道徳的にいいわるいの話はおいておいて、女は機械であるという前提でものを考えてみることにする。女を、機械に例える以上は、安定した電源供給の確保や、生産ラインシステムの拡充など、それ相応の待遇が期待できる。なぜなら機械は定義上それ単体で作動することができないから。だが今回のケースのように、もうすぐ製品を生み出そうとする直前で、電源をぶちっと切るような行為は、機械に対して非常にダメージを与える行為だ。工業立国と呼ばれる日本国でそれをやるのはあまりにお粗末だろう。出産時に何か問題が発生したときの社会保障はどうなるのか。
2月19日(月)

・昨日の残りのチキンカレーライス
・昨日の残りのにんじんとかぼちゃの煮物
・ホタテのしょうゆバター焼き

昨日、夫が作りおきしておいてくれた料理(カレーと煮物)と買い置きしておいてくれた素材(ホタテ)で乗り切った。夕食後の疲れが全然違う。ありがとう。

食卓では夫から釘をさされた。私はいま調子に乗っていて、あらゆる方面において危機管理能力が低くなっているらしい。私なりに趣旨を解釈すると、自分が人を助けることができると思うな、過去の恨みを「他人の不幸」を利用して晴らそうとするな、ということになる。

たしかにそう言われてもしょうがない、思い当たる節はある。私は万能ではない。当たり前だ。他人の人生を背負えるかといえば、自分の人生だって危なっかしいのに、無理な話だし、だいたいお節介の極みだ。

ただ、だからと言って、「何もしないでいるのが思いやり」ということとは全然違うと思う。一般的にいっても、サポートのあり方(サポートする、される)を冷静に考えないといけない。まずは逆上しやすい頭をなんとかしろ。共倒れになっては元も子もない。

かくいう夫も、給与額からいって手持ちのお金があるはずなのになんでそんなにないのか不思議に思っていた時期があったが、内緒で寄付にまわしていたらしい。子どものころから借金取りに泣かされた分、分を超えてつい何かしたくなってしまうそうだ。

分をわきまえろ、でも、親切であれ。助けることはできない、せいぜい親切にすることぐらいしかできない。当たり前のことだからわざわざ言う必要もないか。つくづく自分らが野暮天ちゃんと思いつつ、でもこっそりここで言っておこっと。言わないと自分がすぐに忘れるから。

■追記
最近は歌詞のしっかりした曲にばかり惹かれ、今日は、通勤時や散歩中ずっと、モンティ・パイソンの"Always look on the bright side of life"、中島みゆきの『ファイト!』と、同じく彼女自身が歌う最近のヒット曲『宙船』を順繰りに聴いていた。私の歩くテンポと合う曲ばかり。これ以上自分を鼓舞してどうするというくらい、元気いっぱいだったのだ。

ところが帰宅して、夫からぺしゃっとやられて、ぷりぷり怒っていた。それも静まって、それなりに自分も反省した上で、書いた文章が上のもの。

寝る前にしみじみと、あんたの生き方は中島みゆきの『彼女の生き方』にそっくりなんだよとおしえてくれた。私は明らかに夫の影響で、今にわか中島みゆきファンになっているので、興味を惹かれてネット検索してみた。これじゃあ、結婚できないだろうという女の歌だ。私は結婚もしたし、維持に努めているので、『彼女の生き方』とはほど遠いと思っている。でもすっかりこの詩はポエマー後安の心をつかんだ。いったい何があったんだろう。20代にこんな詩が書けるんだもんな、すごいよ。参考までに、歌詞の一部を引用する。そしたら眠れるかな。


 『彼女の生き方』

  (前略)

 浮気女と 呼ばれても
 嫌いな奴には 笑えない
 おかみさんたちよ あんたらの方が
 あこぎな真似を してるじゃないか

 彼女の人生 いつでも晴れ

 思い通りには 動かない
 世の中なんて 何もかも
 だけど あたしだって 世の中の
 思い通りなんか 動かない

 彼女の人生 いつでも晴れ

 ああ今日もまた 裏街は
 うわさ話の 花盛り
 浮気な風を追い払え
 裏切り者を 叩き出せ

 そうさあたしは タンポポの花
 風に吹かれて 飛んでゆく
 行きたい町へ 行きたい空へ
 落ちると思えば 飛び上がる

 彼女の人生 いつでも晴れ
3日分、まとめて更新!

2月20日(火)
・ごはん
・あさりの味噌汁
・まぐろのレアステーキ、わさび醤油バターソース
・ベビーリーフとマッシュルームのサラダ

3分の2以上、夫が作ってくれた。まぐろのレアステーキは、家庭で簡単にできる絶品系料理だ。我が家では、ケンタロウレシピを微調整して作ることにしている。すなわち、刺身用まぐろ1サクをサラダ油をしいたフライパンで表面をさっと焼いた上から、別皿にしょうゆ、わさび、バターを好みの配分で適量入れて電子レンジにかけて溶かし混ぜたものをかけるだけ。

料理は基本的に贈与の精神で作っているので、みんなでレシピを共有しあいたいが、自分たちが食べたいばっかりに規制をかけてきやがったあいつらだけには教えたくないという意地悪な気持ちも起きてしまった。困ったことだ。

でも、回遊魚のまぐろには、海が汚れてしまっているから、よくわかってない毒素がたっくさんたまっているという噂も聞き、規制はかえって日本にとっていいことなのかなとも思ったりもする。いずれにせよ、困ったことだ。けど、食べたい!


2月21日(水)
・ごはん
・しいたけとねぎの中華スープ
・八宝菜風、肉魚介野菜炒め
・麻婆豆腐

夫婦合作。協力して作ると、効率がよい。麻婆豆腐に最後からめるたれのなかには、赤味噌とオイスターソースをいつも入れていたのだが、、うっかり二つとも切らしていた。夫が機転を利かせて、普通の味噌に割り下の素(前回もらったスキヤキ用の肉にくっついてきたもの)を入れてみると、それはそれでとてもおいしくできた。

食後のハーブティー(花粉対策用と怒りを静める用)を切らしたので、隣町の駅までいって補充してきた。「漢方のように薬と思っていればそうでもないのだけど、どうもハーブティーは高価で贅沢な嗜好品という気もしないではないんですよね」と正直にお店の人に伝えると、「あちらではハーブティーは、西洋の漢方と呼ばれています」と、言いたいことはよく伝わってくるんだけど、語義矛盾起こしているような、ふか〜い回答をいただけた。飲む人が限られているから高いのかな、みんなが飲むようになって、砂漠がハーブ畑として緑化されたらどんなに素晴らしいんだろうと、かなわない夢を一瞬思い描いた。

以下、世の矛盾への怒りにうち震える花粉症持ちの同志たちにも知らせた、少なくとも我が家では「効果あり」と思い込んでいるハーブティー情報を載せますね。

--------------文面そのまま引用---------------

西大寺のサンワシティのお店 の「花にも負けず」
ほうじ茶っぽくて飲み易い。今年のお気に入り。
http://momo-shop.jp/herb/limited/index.html


テンドルマンの「はなのハーブティー」
ミント系。色の変化もきれい。鮮やかなブルーから緑茶色へ。
がぶ飲みしてすっきりさっぱり。
http://www.tendrement.jp/shop/cgi-bin/shop/goods_detail.cgi?CategoryID=000011&GoodsID=00000114

あとついでにいえば、我が家では怒りが静まらないとき
は、バラとラベンダーのハーブティーで落ち着くように
しています。意外と効いているような。西大寺の店に
売ってますよ。
http://momo-shop.jp/herb/blend/refresh.html#20

--------------引用終わり---------------

2月22日(木)
・ロールキャベツ入りミネストローネ
・本格厚切りベーコン入りカルボナーラ!
・カプレーゼ

『野火』のせいなんです、分かっています、最近我が家でごちそう風のものばかり食べたくなるのは。今日の献立は夫が作ってくれました。

食後は時間があったので、映画『ひまわり』をDVDで観ました。私は最初のほうのオムレツを作って食べる新婚時代を描いたシーンが大好きです。スキヤキなんて、たっぷり食べたあとは二度と食べたくないと思ってしまう、あの幸せなフェッドアップな感じを強く想起させるからです。夫は私以上に、ぼんやりとした不安どころではなくそのまんまの不安をかかえているようで、ノルシュテインの『話の話』だけではこと足らず、DVDで『ひまわり』やら『西部戦線異状なし』やらを買いまくっています。

『西部戦線異状なし』はさすがに夕食後には見る気はしませんでした。原題は、"All Quiet on the Western Front"と言うのですね。全員死んでしまったあとの、全く死ぬ必要のない若者が最後死んでしまったあとの、'All Quiet' な状態を「異状なし」と訳すセンスに涙が出ました。

少なくとも私は、おまえこそ静かにせんかいとどんなにつっこまれようとも、親愛なる誰かに向けてこの場を借りて、ぎゃおぎゃお言おうと思います。そう心に決めています。
2月23日(金)

・ミネストローネ風リゾット
・ルコラとマッシュルームとプチトマトのサラダ
・白菜の漬け物

夫は8時半まで試験監督があり、帰りが遅い。息子と二人で、昨日の残り物を適当にアレンジして食べた。

今日、ネット上で探し物をしていたら偶然同じ領域のさきがけ研究員、渡邊淳司さんのブログを発見した(ここ)。全然知らなかったので驚いた。まだ全部読んでないが、どうやら滝に打たれたりしているらしい。前にここでも紹介した同じメンバーの金谷一朗さんの日記も面白いし、みんなこっそりいろいろと発言してるんだなと感じいった。

で、もっと驚いたのは、ここにブログを紹介したいなあと思っていたところに、渡邊さん本人からたまたま別件で連絡が入ったのだった。連絡自体初めてのことである。すごい偶然である。ともあれ、明日からの展示がんばってください。

明日から1泊2日の東京出張に出かける。脳科学と芸術に関するシンポジウムと、文芸漫談を聞きに行く。とても楽しみである。
2日分まとめて更新

2月24日(土)
・ハンバーグ定食

シンポジウムと文芸漫談いずれもたくさん刺激をもらえた。数日に分けて、ゆっくりと感想を書いていく予定である。いろいろなことを考えた。

文芸漫談のあと、いとうせいこうさんに『アート/表現する身体』をお渡ししてきた。サインを求めるファンの列に混じってやっと可能に。目があった瞬間、緊張のあまり舞い上がって、自己紹介も何もかも言えなくなってしまい、ただ「ぶん」と突き出すように手渡して、ほとんど何も言わずに去る感じになった。きっと驚かれたのではないだろうか。

これは著者一同からの共同献本という形態をとっており、私が代表してお渡しするというミッションのひとつでもあったのだが、全然だめじゃん。帰りは「ばかばかばか」と頭のなかで言いながら駅に向かっていた。つまり、ちゃんと冷静に趣旨をお伝えしなければならないミッションであったのに、憧れの先輩に手作りチョコを渡すときのような、こういうの重たいって迷惑に思われたらどうしようとか、完全に私的な乙女モードに入ってしまったのだった。30過ぎて何をやっているのだろう。社会人失格である。

話は全然変わるが、備忘録のために。前日の23日(金)に、鹿児島県議選公選法違反事件で、鹿児島地裁が「自白誘導の可能性あり」として、12人全員無罪を言い渡したそうだ。12人の自白内容(想起内容)がきれいに一致するのがかえって怪しい。そりゃそうだ。県は控訴しないから判決は確定。いいニュースだ。


2月25日(日)
・キムチ鍋
・〆、卵雑炊

30分で作った。鍋は主婦の味方だ。今、やたらに眠い。ラッキー!よりよく眠るために日記を書いているのに、書き始めて目が冴えてしまったら、元も子もないので、寝よう。
2月26日(月)

・鯛茶漬け
・大根と葱と豆腐の中華風コーンクリームスープ
・カリフラワー炒め、カルダモン&クミン風味
・もずく

息子が咳を出し風邪気味なので、にんにく、ねぎ、しょうがを効かせたスープを作ったら、あっという間に飲み干してくれた。こじらせずに治ってくれればいいが。カリフラワー炒めは、長尾智子さんの『ベジマニア』のなかに出てくるレシピをアレンジしたもの。スパイスを使うと風邪もよくなるかなと思ったが、これはあまりお気に召さなかったようだ。やっぱり子どもだ。

以前14日(水)の日記で、長尾智子さんをはじめ、好きな女性料理研究家の名前を挙げたが、ひとり重要人物を忘れていた。枝元なほみさんである。彼女の提案するレシピに基づくビーフシチューは、我が家の永遠系のメニューとなっている。それに枝元さんは太田省吾さんが率いていた転形劇場の元メンバーであった。伊藤比呂美さんとの往復書簡『なにたべた?』のなかにもちょろっとその話が出てくる。この本も、妙齢の女の凄みが出ていて、とても好きな本のひとつである。

好きなものつながりで続ける。カルダモンとクミンは大好きなスパイスだ。とりわけカルダモンと今日は使わなかったがコリアンダーが私の好みで、夜寝る前に台所に行き、瓶の口に鼻をつけ思いっきり息を吸い込むのが日課となっていた日日があった(スッとして気持ちいい)。しかし、ある日知り合いから、それらのスパイスは「未開」の人々がトランスに入る前に使うものだと聞いてから、回数頻度を自重するようになった。薬(やく)を使わず、眠れる方法を考えたほうがいいのではと思ってのことである。

さて、長すぎる前置きはさておいて、じゃーん、今日のビッグニュース!!

毎日新聞社から出ている植物系雑誌『PLANTED』の公式ホームページのなかのPLANTED編集部員のブログに、私の書いた植物日記のことが触れられていた(2月23日付。題名「#1秘密のプレゼント後日談」)。しかも、面映いほど褒められている。2月初頭は春なのか、興奮して一気に2つの文章を書き上げ、編集部にお知らせするという暴挙に出た。確実に私の自己満足から出た行動である。だから、反応してくださるとは全く予想していなかった。

ちなみに夫は私の植物日記をあまり読んでいない。読むのがめんどくさいそうだ。たとえ読んだとしても、感想も「ぷ〜」とか一言で済まされるのが普通だ。また「かつよしさんの「ひとりごと」大好き」という私の従姉妹も、たまにしか更新しない夫の日記はチェックするくせに、この、ほぼ毎日更新している私の夕食日記はチェックしていなかったことが最近になって判明した。「おねいちゃん、日記書いてたの!」と言われたときは、少なからずショックを受けたものである。

つまり、愛し合って結婚したはずの夫婦でも、血を分けた従姉妹でも、興味がないものは人は絶対に読まないのだ。いわんや他人様をやである。それなのに、私の書いたものにすごくポジティブに反応してもらえた。それだけですごくうれしい。

『PLANTED』ブログのなかに植物日記のアドレスも紹介されている。だから、潜在的な読者(一瞬ちらっと見て通り過ぎていく方)の数は増えたに違いない。でも、このサイトのトップページの訪問者数は相変わらず、1日10から30くらいのペースでのんびりゆっくり増えていっている。トップページを開かない限り、カウントされない仕組みだからだ。

このサイト全体のトップページアドレスは、親しい人、信頼できる人に直接お知らせするようにしていて、検索でひっかかりにくいよう絵文字にしている。このやり方は私たちなりのネット空間の処世術だと思っている。我が家のことを本当に気にかけてくださる方の数を知りたいのだ。

私の友人のなかには、この夕食日記をブックマークに入れてくださっている人もいて、とてもありがたいことだと思っている。しかし、このページだけを何度開いても、訪問者数には反映されない。また、私の仕事のページなんて、グーグルのページランク4だったりする。不特定多数の誰かが見てくださっているので、とてもありがたいことなのだが、その方々は決して「我が家」の訪問者ではないだろう。

一部仕事がらみのページはのぞいて、このサイトのほとんどのページでは、著作権を主張していない。その代わりに、連絡先の電子メールアドレスも載せていない。もし気に入ったところがあるなら、好きなように引用、リンクしていただければよく、連絡もまったくいらない。自己検閲のみの、言いたいことを垂れ流しできる場があるだけで、私たちは満足しているのだ。

そういう自分たちの精神衛生のための場の確保、続けることを今のところ最大の目標にしているので、今のところ一方的発信という形式をとっている。ここを社交場にしたいわけではない。無名だからといって安心してはいけないのだ。というか、無名だからこそ、変な人に絡まれたときの対処策が脆弱すぎて、アテラレル危険性が高い。せっかくの面白い日記だったのに、しつこく絡んでくる人がいてめんどくさくなり結局止めてしまった先輩がいて、残念な思いをしたことがある。それだけに、個人サイトを開設するにあたって、かなり保守的、防御的になっている。

少しくらい絡まれても全然平気だと超越できる日がきたら、つまりオープンにすることで福のほうがたくさん舞い込むんだと希望が持てるようになったら、やり方を変えていこうと思う。いつになったら、そういう心境の変化がくるのかなあ。
2月27日(火)

・ごはん
・豚汁
・ほうれん草の白和え
・カリフラワー炒め、カルダモン&クミン風味(残り物)

夫が作ってくれた。今日は、朝、昼の弁当と丸々3食分作ってくれた。感謝。だから私はそれ以外の家事をなるべくやるようにした。危ういバランスで成り立っている家族だもの、ひとりに疲労が偏らないようにしないと。

昨日の日記を読み返してみて、ちょっと補足しておきたいことが出てきた。それは、「このサイトのトップページからアクセスしてくれる人々をそれ以外の人々よりも私は大事に思っている」という誤解を与えそうな表現のように思えたからだ。

そんなことはなく、どのページであれ、読んでくれただけでとてもうれしい。そしてそれはアクセス数の多さ少なさによって左右されないということを伝えたかった。ただ、われらがサイトの脱力系とほほトップページからわざわざアクセスしてくださる方は、いったいどんな人なんだろうという興味はつきない。私の知らない人で、定期的に読んでくださる方もいるのだろうか。こういうロマンチックな妄想に浸るためにトップページにアクセスカウンタをおいている。ログを調べるなど「事実」を知るための方法はあるんだろうが、野暮だからしたくない。そんなのは、つまんないし、そもそも他にするべきことがたくさんある。

で、アクセス数を気にしないと言ったことに対して、さらに補足したいことがある。

私たちは、芸術を生業とするような自由業の方々と比べると全然甘いとはいえ、仕事上非常に競争の激しい場所に身をおいているので、せめて家族で運営するサイトくらいのんびりやりたいと思っている。だから、どんなに強く誘われても(実際誘われたことはないが)ブログランキングなどに参加する気などさらさらない。でも、ここが強調しどころだが、ブログランキングに参加している人たちのことは嫌いではない。それどころか応援しているサイトもあって、結構楽しんでいる。

たとえば、「花笑み時 〜麻生さとみのはなえみどき〜」
http://hanaemi.seesaa.net/

花の生産者と消費者のあいだの媒介役を自分の使命だと考えてお仕事されている方のブログだ。うっとりするし、元気がもらえるし、花の勉強もできる。内容も平板にならないよう日日気を遣ってるのがよく伝わってくる。たぶん毎日花からパワーをもらっているからに違いない。この方のお仕事、平和だからこそできる仕事の代表のような気がする。

今日どうしても花を贈りたい人が出てきて、上のブログで紹介されているネット上の花屋さんから夕方注文した。先方に少し事情をお話すると、代金は後払いでかまわないから、明日摘み取り、明後日には届くよう素早く手配をすすめてくださった。花の扱い方に関しても、丁寧にアドバイスしてくださいました。お心遣い、ありがとうございました。感謝しています。

なんだか、回し者のようになってきたけど、お店のURLも紹介しますね。大切な人への贈り物に迷ったときの参考にしてください。

心に響く花 HIBIKI
http://www.hibikiweb.co.jp/

私の花の好みは、楚々可憐系とゴージャス系とわかりやすく真っ二つに2分されるのだが、今日紹介したブログはどちらかというとゴージャス系の花々(洋花)を扱っている。でもね、『ソウル市民』のセリフに「あの人、地味そうで派手でしょ」というのがあるんだけど、本当の好みをいうと、そんな感じの抽象的な花なんだな。いつかそんな魅力のある花に出会えたらな。そうすると私の好きな花は○○ですと素直に言えるのに。今の私は、移り気で、そのときそのときの気分で、好きな花がころころ変わる。
2月28日(水)

・チキンカレーライス
・豆とマッシュルームとベビーリーフのサラダ
・ゆで卵

野菜を細かく刻んだお母さんカレーを作った。しょっちゅう世話になった東京・本郷の喫茶店アルルカンのカレーを思い出しながら、いつもより時間をかけて作ったら、食べ始めが9時半になってしまった。すまぬのう。(アルルカンのカレーはひき肉を使ってるんだけどね)

今朝、6時ごろ私は寝ぼけて、夫の耳元で、「ねえ、私、毒飲んだのに、なんで生きてるんだろう。みんな死んだのに」とはっきりとした口調で問いかけたそうだ。きゃ〜こわい。夢のなかでいったい私は何をしたんだろう。何があったんだろう。全然覚えていない。

夫はそのせいですっかり目が覚めてしまったという。ほんと、ごめん。